久しぶりに再会した小学校からの幼馴染は、特に威張るわけでもなく言った。
「今度オランダのコンクールに出展できることになってん。やっと世界の舞台に立てるわ。」
まだまだスタート。何かを成し遂げたわけではなく、ここから始まる。
そんな雰囲気がはっきりと伝わってきた。
彼が大学の時にカメラを始めたのは知っていたし、その後仕事にもなってけっこう売れっ子になってるらしいよっていうのも人伝てに聞いていた。
でもなんとなく、自分の知ってる想定内で活躍してるんだろうなって思ってた。
ところがどっこい全然想定外。めっちゃ羽ばたいてる。これからもっと飛んでいきそうな雰囲気バリバリ。
でもその時の口ぶりがウソでも虚勢でもないことはすぐに分かった。
その時、なんだかすごく羨ましい気持ちになったことを今でもよく憶えている。
なぜこんなちょっとエモめの話を思い出したかというと、先日塩尻で熊みたいな男性(失礼)とお話をしたときに聞いた内容がこの時の感情によく似てたもんで。
その熊風の男性(いい意味で)とは、いにしぇの里葡萄酒の稲垣さんである。
稲垣さんは塩尻市の北小野のご出身。
東京の調理師専門学校に通われ、東京のレストランで数年料理人として働かれたのち、地元の塩尻に戻られ、BRASSERIE のでVin(※)を開業される。
地元出身の料理人が、地元のワインと食材を使って美味しいお料理をふるまうという、シンプルながら説得力のあるコンセプトである。
ただ失礼ながら、ここまでなら聞いたことのある話だ。
全国にもそういうお店はいくつかあるだろう。
稲垣さんが違ったのは、自分でワインを作ってしまったのだ。
しかも葡萄も自分で育てながら。もちろんお店もやりながら。自分で料理しながら。
え?稲垣さんってクローンでもいはるんですかい?
一回整理しますよ。
農家として葡萄畑で葡萄の栽培をし、
醸造家としてワインを醸造や販売し、
料理人として美味しい料理を提供し、
経営者としてお店を切り盛りする。
しかもパパでもある。
え?やっぱりクローンいはるんですかい?
人というのは情熱に取りつかれるとなんでも出来てしまうものなんだ。
そして僕がとても興味深かったのは、稲垣さんがワイン作りを始めるきっかけになったお話で。
十数年前、季節アルバイトで大手のワイナリーさんの葡萄収穫や醸造のお手伝いなどに行かれてた稲垣さん。そこで知り合った方に紹介してもらい城戸ワイナリーの城戸さんと出会います。
今となってはワインラバーで知らない人はいないという存在の城戸ワイナリーですが、当時はまだワイン作りを始められて2年目。
そこで城戸さんは、物静かで穏やかな口調ながらもはっきりと伝わる情熱を込めて、
「塩尻で世界と比べても遜色ないワインを作りたい」というお話をされたそうです。
稲垣さんはその熱意や姿勢に衝撃を受けて、その場で頼み込んで城戸ワイナリーのお手伝いをさせてもらうようになったそうです。
自分の実家から車で数分のところにある葡萄畑とワイナリーで作るワインで、真剣に世界を目指してる人がいるっていう事実に衝撃を受けて、自分もワイン作りを始めてみたいと本気で思うようになった。と稲垣さんは話してくれました。
ここ10年ほどで、まさに世界へ羽ばたいていく城戸さんを見てこられた稲垣さん。
そしてまさにこれから羽ばたかんとしている稲垣さんのワインを飲みながらお話しできたことを僕はとても嬉しく、そしてやっぱりすごく羨ましく思っています。
みなさん、いにしぇの里葡萄酒、憶えておいてください。
「北小野は日本のアルザスだ!」なんて言われる日がいつかやってくるかも。
※2021年、BRASSERIE のでVinは、ワイン作りに専念するために惜しまれながらも閉店。
濱 一矢
1979年生まれ 滋賀県出身
フリーのフードコンサルタント
現場のプレイヤーとしても働きながら、飲食店の経営、運営、デザイン、PRなど多岐に渡るコンサルティングを行う
2020年からSHIOJIRI WINE CIRCLEの立ち上げメンバーとしても活動中
お酒が好き / ギャルソン / バリスタ / ソムリエ / ライター