夏のさわやかな風が吹き抜ける、塩尻市柿沢地区の棚田や段々畑。標高約800m、北アルプスを望むこの場所で自然栽培農業を営むのは、「with Earth」の大塚直剛さんです。
20代半ばを過ぎる頃から、「それまで人生の大半を過ごしてきた東京での生き方に迷うようになった」という大塚さん。当時は食事やライフスタイルが乱れていて、体調もあまり良くありませんでした。
思い切って、福井で自然栽培の米を育てる姉夫婦の元にしばらく身を寄せ、農業に触れたことが大きな転機に。大塚さん自身もその道を志し、2008年に塩尻市に移住。同市の有機農業法人で4年ほど修行を積んだ後、2013年に独立しました。
独立してしばらく経った頃に偶然、自然栽培への理解を深める機会があり、一気にその魅力に取り憑かれた大塚さん。「肥料も農薬も使わずに育った野菜を食べた時、そのおいしさに感動して。心身にエネルギーがみなぎる感覚でした」と話します。
「自然栽培をやろう!」と決めてから、まず土を変えるのに3~4年、じっと耐えました。土ができてからは可能な限り、固定種(先祖代々同じ形質を受け継ぐ品種)を使い、米やソラマメ、トマト、ニンジン、松本一本ねぎなどを栽培しています。「自然栽培の作物は細胞が緻密なようで、持ちがいい。作業していると、自然栽培を続けている土や泥に触れるのが本当に気持ちいいことにも気付きました」。
肥料や農薬を一切使わなくても、自然のサイクルで作られる栄養分だけで育つ作物を目の当たりにした大塚さんは、地球上の生きとし生けるものへの思いをこう話してくれました。
「地球が始まった時からずっと、自然界に生きるものは一定のバランスを保ってきました。植物は必要な時期に必要なだけ生えてくるし、肉食動物も必要以上の捕食はしません。
日本の歴史の中でも縄文時代だけは1万年以上も続いています。当時の人間は、必要なものを必要な分だけ自然界から頂いて生きていたのだと思います。
当時の遺跡を見ると、人間同士の争いの痕跡はほとんど無いといいます。しかしいつからか、本来生ける者全ての共有財産である土地や水、食料を奪い合うようになってしまったのでしょう。時には汚し、絶滅させながら。そのようにして築かれた文明は、現代にいたるまで永く続くことなく、入れ替わることを繰り返しています。
人間も自然の一部ですから、共存し、分かち合えたらいいですよね。縄文時代のような生き方に〝原点回帰〟することは難しくても、一人ひとりのそういった心持ちこそが大切なんじゃないかなと感じています」。
「with Earth」は公民館と協働して、地域の人たちとの様々な農業体験を開催したり、園児を招いての田植え体験なども行ったりしています。「子どもたちは田んぼで泥に触ると、すごく生き生きと楽しそうなんですよね。そんな姿を見ているとつくづく、人間は自然から離れては生きていけないんだなあと感じます」と目を細める大塚さん。
「僕らの命はあと数十年ですが、子どもたちや孫の世代が生きていく社会、それを取り巻く自然は、変わらず営みを続けます。僕らが生きているうちにできることは、彼ら=未来の子どもたちのために、本当の意味で豊かな人や物、自然を残し、バトンを繋いでいくことではないでしょうか。僕にとっての自然栽培は、そんな未来を作るための一つの手段です。まずは1000年続けられるライフスタイルを目指したいですね」。
今ある知識や技術は、過去の様々な犠牲の上に進歩してきました。これからは、それらを正しく使うことができるか否か、私たちの〝心〟が問われる時代なのかもしれません。
話の最後に「でもね、結局のところ難しく考える必要はなくて、とにかく毎日楽しく過ごすことが出来ればいいんです」と笑う大塚さん。「心のどこかに “地球に優しくしよう”という気持ちを持つ。関わる相手一人ひとりの考えを認めて、受け入れる。それでいいんじゃないかな。みんなが楽しくて気持ち良ければ、きっといろんなことがうまくいきますよ」。