今回ご紹介する農家さんは「よこや農園」の川邊謙介さん・明日香さん夫妻です。謙介さんは、東京でシステムエンジニアとして働き、2016年に長野県松本市へ移住。明日香さんのおじいさんの、りんご農園を継承しています。
これまで農業の経験がなかったお二人ですが、今はりんごの栽培以外にも、りんごの木のオーナー制度や、宿の運営など、活動の幅を広げています。特にInstagramのアカウントでは、写真に明日香さんが得意なイラストを描き、農園の日常の物語を発信することで、県内外のお客さんが足を運ぶきっかけになっているようです。
「農家を始めたら、意外と楽しくて性に合っていた」とおふたり。サラリーマンを経て就農した想い、りんご農園を中心としながらも、それぞれの得意を活かした活動について伺いました。
「よこや農園」は、松本市の市街地から車で15分ほどの山間の地にあります。寒暖差があり日照量の多い気候に加え、硬い粘土質の土です。この土は美味しいりんごを作ると言われています。
明日香さん「お客様からも『おいしい』とご好評をいただくのですが、もっと適する農法があるかもしれないですよね。これから自然農法にチャレンジしようと勉強中です。」
りんごの生育は、土の成分や日の当たり方、気温などあらゆる条件に影響されるもの。今までの経験から育てることができても、科学的にはまだまだ分からないことばかりです。もっと良いりんごを求めて、試行錯誤を続けます。
謙介さんの前職は、システムエンジニア。コードを書けばその通りにシステムが動きました。一方で農業は、行き着く結果が分かりません。
謙介さん「ビックリしました。『こんなに分かってないことある?嘘でしょう?』って。
確かにやってみて思うのは、年によって環境も気候も異なるので、毎回実験のようなものだということ。今までと全然違うことをやってみたら、うまくいくこともあるので、探りながら進めています。
僕は飽き性のはずなのに、りんごの栽培は全然飽きないんです。結果が分かっていないからこそ、いろんな農法を試して最善を探り続けられるんですよね。」
農園のりんごの主な販路は、なんと無人販売所。Googleマイビジネスで情報管理することで、WEB検索で上位となり、見つけられやすくなっています。一般的なりんご農家よりも、周りにりんご農家が少ないうえに、市街地が近いので、お客さんも足を運びやすいそうです。
また、農園では、りんごの木1本に対してオーナーになってもらう「オーナー制度」を取り入れています。りんごの木一本あたりの収穫高は、おおよそ150個ほど。オーナーは、農園からの月1レポートでりんごの生育状況が分かるほか、花摘みや摘果、収穫などの体験ができます。
明日香さん「摘果次第で、りんごの出来は変わってきます。収穫時には『あの辺が足りなかったから、来年はもうちょっと摘まないとね』なんて会話が生まれていますね。自分の手で育てる感覚を持てると思います。」
ヘタが取れたり、枝が折れたり、落としたりしても、自分の木のりんごなら問題なし。小さな子どもでも、のびのびと楽しむことができます。
さらに、おふたりは「信州よこや農園 ~蔵(KURA)~」として、1日1組限定の宿泊施設も運営しています。りんご畑のすぐそばにあり、観光地へのアクセスに優れた立地を活かした宿は「booking.com」のトラベラーレビューアワード2021にも選ばれました。
謙介さん「初めてこの地に来たときに、青空の下にりんごがある風景って素敵だなって思ったんですよね。松本は晴天率が高いので、この景色と空気の気持ちよさを味わってもらいたいと思って、やり始めました。」
りんごだけでなく、周辺環境を含めた地域の強みを活かした運営をしています。
りんご農園を知ってもらうきっかけとして大きな役割を担うのは、農園からのお知らせや風景、日常で感じたことなどの発信です。発信媒体は公式HPのほか、コンテンツプラットフォームのnote、SNSはFacebook、Instagramなど。絵や文章を書くのが好きだという明日香さんが担当します。
明日香さん「りんごの魅力や、仕事の雰囲気が伝わればと思っています。以前は趣味として投稿していたのですが、趣味の範疇をだんだんと超えてしまって…。特にInstagramは、ストーリー調で何枚もイラストを描くので時間がかかります。好きな作業ではあるんですけど、これからも続けるためには、仕事として習慣化しないといけないと思っています。」
謙介さん「俺はそういうのは苦手だから、すごいなって思います。楽しみにしているんですけどね。投稿はまだかなぁって。笑」
作業の大変さはあれど、投稿を楽しみにしているファンは多いので、期待に応えたいのだそう。投稿を見て、県外から足を運ぶお客さんもいらっしゃいます。
明日香さん「誰かの楽しみになっているのは、ありがたいですよね。」
明日香さんが描く、農園の日常。よこや農園の世界観が伝わってきます。
一方、謙介さんの担当はDIYやシステムの構築です。重機の免許を取得したかと思えば、栽培用の支柱なども自ら設置。太陽光を電源とする無人直売所や、監視カメラもお手製です。そのほか公式サイトや、注文・請求書システムも作りました。
明日香さん「農家って、百の姓を名乗ると言われるぐらい、いろんなことをやるじゃないですか。彼はまさにそれ。チェックリストを頭の中に作って、埋めていける作業が楽しいみたい。」
謙介さん「好きなんですよ、全部やりたいんです。なので、新しいことをどんどんできる農家は楽しいですね。コーディングを、今は自分事としてシステム構築に活かせています。」
お互いの得意が活かされることで、お互いに補いながら、環境が整っていきます。
謙介さん「実は僕は人と話すのが苦手なんです。自分の発言が、それで良かったのか気になっちゃうんですよね。」
明日香さん「人と接したり、依頼するのが苦手だから、自分でやってしまおうという気持ちもあるんだよね? 反対に、私は周りの人にお願いできることはお願いしたい。
私が苦手なのは、細かい事務作業や、農機具などの機械全般。だから、代わりに手を付けてくれて、頼りになりますね。」
謙介さん「自分たちの家族が食べて美味しいものを作らないと、モチベーションも続きませんよね。今後はりんごだけでなく、ぶどうの栽培も始める予定です。
また、この一帯を、果樹の木で統一感を持たせて整えることも夢のひとつです。生活圏が綺麗で、心地よく過ごせると、嬉しいですから。」
美味しいりんごが並ぶ直売所と、美しい景観を町に添えるりんご畑の魅力。お二人は、地元の人たちにも知って欲しいと考えています。
謙介さん「地元の人にも足を運んでもらって、うちのりんごを食べてもらいたいですね。意外と地元産のものを買う機会ってあまりないと思います。長野県はりんごをたくさん作っている産地なのに、食べられないなんて、なんか寂しいなと思って。」
明日香さん「現在、直売所にわざわざ来てくれるお客さんは、かなりのりんご通。舌が肥えているので結構評価もシビアですけどね(笑)。」
謙介さん「そんなプレッシャーもありますが、応えていきたいですね。」
——地域の特色と、おふたりの得意が活かされる、りんご農園。独自の世界観を大切にしながら、りんご農園の周囲を整えていきます。
川邊謙介
岩手県出身。東京でシステムエンジニアとして働いていたがやりがいを感じず、5年前に妻の祖父のりんご園を引き継ぐ。趣味はテニス、パソコン、DIY。ホームページや直売所は自分でつくった。
川邊明日香
松本市出身。やりたい事をやり始めることは得意だけどやり遂げることが苦手で、やりかけ仕事が常に溜まっている。2人の娘がおり、こどもとお母さんが一緒に楽しめるアップルパイカフェを準備中。