今回ご紹介する農家さんは、長野県松川町にある「南信州松川 フルーツガーデン北沢」の4代目となる北沢毅(きたざわ・つよし)さん。フルーツガーデン北沢は、開園して78年目となる、りんご栽培をメインにした観光果樹園です。北沢さんは、経営を勉強するため証券会社に勤務をした後、2018年に家業に入りました。
観光果樹園は「くだもの狩り体験」を行う秋の収穫時期のみ、お客さんを入れることが多いのですが、こちらの農園ではバーベキュー、ライトアップ、花見などのイベントが、1年を通して開催されています。
一般的な農園とは、ちょっぴり異なる仕掛けが生まれる背景には、北沢さんが農園ファンとの間に結びたい、シンプルだけど深いきずながありました。
「リンゴ狩りに行かなくたって、ほかにおもしろいものがたくさん転がっている世の中。単純なリンゴ狩りだけでは物足りないですよね。」
スマホゲームやネットなどが普及し、エンタメがあふれるなか、もはや農園のライバルは、ほかの農園だけではなくなっているのかもしれません。北沢さんがつくるのは、農園に足を運んでもらう必然性。
「農園では、バーベキューや、りんごの木のライトアップ、花見、農園で醸造したシードル試飲会などのイベントを行っています。農園で楽しめるのは、リンゴ狩りだけではないんです。」
リンゴ狩りをしながらのバーベキュー。今まで耳にしたことはなかったのですが、とってもおもしろそう。まるで、りんごのテーマパークのようです。
「りんごの木は、季節ごとに見せる表情が変わります。例えば春だったら白いリンゴの花が咲き誇り、夏だったら緑の葉っぱに赤い実が可愛いらしい。農園の景色を、1年中楽しんでもらえます。」
北沢さんは、日本バーベキュー協会が認定する「バーベキューインストラクター」の資格を取得するほど、バーベキューに夢中。アメリカ式の大きなグリルを用いて、肉の塊を焼いたり、新しいレシピをつくり出したりすることに情熱を傾け、イベントではお客さんをもてなします。
「バーベキューでは、りんごももちろん活躍します。肉にりんごを挟んで焼いた料理や、りんごの中をくり抜いて肉を入れた、ピーマンの肉詰めみたいな料理なんかも、めっちゃおいしいんですよ。」
フルーツガーデン北沢は、りんごをスーパーなどに卸すのではなく、主にりんご狩りや贈答品用、様々な加工品として販売しており、お客さんの手に届くまでのすべての工程を、自分たちで設計しています。
イベントなどのダイレクトマーケティングのほか、ブランディングも実施。代々受け継がれる屋号を、ロゴマークにデザインし、りんごを入れる袋や箱、りんご加工商品のパッケージにプリントすることで、アイデンティティを表します。手に取ってもらった方に「フルーツガーデン北沢」と認識してもらう意図が込められています。
「おいしいりんごをつくるのは当たり前。どこの農園さんのりんごも、おいしいんです。
だからこそ、この農園に足を運んでもらって、とりこになってもらい、お客さんにファンになってもらう、説得力のある理由をつくる必要があります。」
子どもの頃から、農園を身近に育ち「お客さんの顔が見える、話しながらの販売がおもしろそう」と、家業を継ぐことを志します。
しかし、大学卒業後に選んだのは、証券会社勤務の道。
「農家になる前に、絶対経験できないような場所に行こうと思ったんです。財務や人事についての知識など、家業を事業として成り立たせていくためのノウハウや考え方を、多くの経営者から吸収したいと、金融業界を選びました。」
主に法人向けの新規開拓営業を3年半経験することにより、経営者の事業に対する考え方や、マーケティングなどの重要性を学べたそう。
「お客さんである経営者は、とても忙しく、僕以外からもたくさんの営業を受けています。多額のお金を任せる相手として、入社数年目の自分が選ばれる必然性を、なんとかつくらないといけませんでした。
可愛がってもらえる人間性も必要ですし、他社の提案とぶつかった時には、こちらを選んでもらうためのロジカルな説明が必要になります。
あの時の、思いを伝えながらも、数字を用いて説得力を持たせる提案経験、そして戦略を立てた経験は、今でも生きています。」
北沢さんから垣間見える、農園に対する熱い情熱を持ちつつも、冷静に論理的に現状分析をする、まるで相反するような思考が両立するルーツは、この営業キャリアかもしれません。
これから農園で挑戦していきたいことは、ファンとの関係を築いていくものです。例えば、りんごの生育をファンと共有するコンテンツや、ファンが集うコミュニティづくり。
「今年だけで4回も農園にいらっしゃった方からは、りんごを食べるだけじゃなくて、りんごの生育を追っていきたいと、嬉しい希望をもらいました。さらには、フルーツガーデンに集まる人たちと飲み会を開きたい、という声も届いています。」
お客さんのなかには、毎年他県から訪問したり、親子3世代揃った旅行先として選んだりするような、コアなファンも多いとのこと。
そんなファンと北沢さんが結びたいのは、シンプルだけど、深いきずな。
「みんなでうまい飯と酒を楽しめる繋がりを持ちたいですね。農園で0からつくり出したものを届けて、喜んでもらえる瞬間が嬉しいんです。そのためにも、バーベキューイベントを、もっと根付かせたいですし、ファン同士も繋がれる仕掛けをつくっていきたい。きずなを紡いでいきたいです。」
イベントを企画する農園は、まるでテーマパークのよう。しかし、そこから互いに信頼しあえる関係になれたとたん、互いの心の距離が近づく、北沢さんの裏庭のようにも見えてきます。
りんごの木のもと、煙と歓声があがり、肉が焼かれる景色。一見アンバランスのようだけれど、しっくり馴染むのが、北沢さんのいる農園です。
北沢毅
1991年生まれ。1942年創業の観光果樹園「フルーツガーデン北沢」の4代目。南アルプスに抱かれた園地で、りんごや梨、プルーン等の栽培や加工品づくりを行う。美味しいものを作る/食べる/食べてもらうのが好き。農園観光やイベント、シードル自家醸造等を通してりんご農家の可能性を広げ、自分たちの住まうこの場所をもっと魅力的で、面白いものへ変えていくことを目指している。