食卓を彩る、りんご。ひとかじりすれば、甘酸っぱくて甘い、ジューシーなおいしさが、口いっぱいに広がります。
そんな、おいしさを生み出しているのは、ほかならぬ「りんご農家さん」。そんな農家さんの思いや、農業に対する哲学に、耳を傾けてみませんか?
りんごを愛して奮闘する、りんご農家さんのインタビューをお伝えしていきます。
きっと、りんごの見え方や味わいが、昨日とは変わるはず。
今回ご紹介する農家さんは、長野県北部の中野市で「まつじるし農園」を運営する松野 洋祐(まつのようすけ)さん。就農前には関東のお菓子屋でパティシエとして働いていました。「おいしいりんごは、そのままに食べる方がいいのではないか。」とりんごをお菓子にする役割から、育てる役割に移りました。
Issue03では松野さんの「自然を受け入れる覚悟」に迫ります。
農業は、自然の影響下で営まれる仕事。太陽の恩恵を受ける果樹栽培は、日が昇ると同時に仕事が開始され、日が暮れたら仕事を終えます。
「就農して、すっかり健康的な生活になりましたね。パティシエの時はとても忙しくてできなかった1日3回の食事がとれるようになりました。」
一方で、自然の力は、人間ではどうしようもできない脅威になることもあります。2019年10月13日に起きた台風災害による千曲川堤防の決壊では、深刻な被害が広がりました。
各地で浸水被害や、道路の損壊、立木倒木による停電、土砂崩落などが発生。そして決壊した千曲川沿いにあるりんご畑が集まる地域では、収穫間近のりんごが付いた木がてっぺんまで水没した光景が広がりました。まつじるし農園も、畑の一部が水に浸かってしまいました。
自然災害に対して、私たち人間には手立てできないことが多くあります。松野さんが思う農業とは “自然と共存する仕事” です。
「2018年から農園を営んでいますが、毎年自然の脅威に苦しんでいます。2018年はりんごの病気、2019年は台風水害があり、2020年は多雨の影響で、軸の部分がパカッと割れるツル割れが多く出てしまいました。そして今年は春先に霜が降りて被害が出ています。
しかし、それらをすべて受け入れるところから農業が始まると思っています。被害を想定して、できるだけ対策を打つことが大事。しかし、それを上回る被害を出してくるのが自然災害なんですけどね。」
異常気象による浸水被害や、対策遊水池による環境変化への懸念から、現在の畑から100〜150m標高が高い土地へ少しずつ農地移転をしているとのこと。標高が上がることで昼夜の寒暖差が大きくなるので、りんごは種子を守るために糖度を上げて、同時に鮮やかな色合いに染まります。地球温暖化に合わせた対策にもなります。
りんごは苗木を植えてから、きちんとしたりんごが採れるまでに10年はかかるもの。10年後を見据えて先手を打っています。
“畑やりんごの状況を、1年を通じてお客さんに分かってもらえれば、りんごの状況を納得し愛着を持って、りんごを手に取ってもらえるのではないか?”
そう考えたことから、まつじるし農園では、お客さんにりんごを送る際には、畑やりんごについて記したメッセージを添えたり、インスタグラムやフェイスブックなどのSNSで随時発信したりしています。
「今後チャレンジしたいのは、お客さんに農園へ足を運んでもらって、畑の様子を見てもらったり、一緒に作業してもらうこと。お客さんと農園の距離がもっと近くなれると思います。あとは、いつも買ってもらっているお客さんを呼んで、BBQもいいかもしれませんね。」
2022年に5周年を迎えるまつじるし農園。お客さんとの深い絆をつくるイベントを計画中なのだそう。りんご畑に囲まれる農園で、松野さん特製のタルトタタンがふるまわれることも、そう遠くはないのかもしれません。
Issue03に続く